約 1,113,674 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/180.html
"ドォォオオオン!!!!" そして、DIO以外の全ての時が停止した。 観衆は思い思いに身を固めたままで動かない。 6体のワルキューレは、DIOに飛びかからんと、飛んだまま空中で停止している。 ギーシュは冷や汗を流して、うろたえた表情を浮かべたまま止まっている。 タバサは杖を握りしめたまま停止している。 キュルケはルイズを見て、完全にビビった表情を浮かべたまま止まっていて、結構間抜けだった。 見ればルイズは、懐から杖を取り出しかけていた。 どうやらDIOはあと少しでルイズに爆破されるところだったらしい。 DIOは、全員のそうした姿を見て、満足げに口元を歪めて、ギーシュを見た。 「これが……『ザ・ワールド』だ。 もっとも、時が停止しているお前には、見えもせず、感じることもないがな……。 思えばこのDIOは、ジョースターに敗れ……せっかく抜き取ったジョセフの血を奪い返され、あまつさえナイル川に落とされて日光で完全に消されかけたところでこの世界にやってきた。 この世界は、どうやら太陽光の波長が、元の世界とは違うらしい。 俺にとっては幸運だな。 日光に当たっても、何ともない。 ……少々体が重いと感じるのは、精神が日光を拒絶しているからだろう。 だが、まさか3日足らずで、再びあの時のような屈辱を味わうことになるとは、思わなかったぞ、小僧……! 傷が『馴染んだ』とはいえ、俺はまだ、3秒ほどしか動けないらしいが、3秒あれば十分だ!」 DIOはワルキューレの円陣から脱出した。 ~1秒経過~ 「このような鉄クズに、このDIOが…!」 忌々しげに吐き捨てて、DIOは右拳を突き出した。 何もできないままワルキューレの1体がそれをモロに喰らい、粉々に砕け散った。 そのままの勢いで、DIOは両の拳を亜音速で繰り出した。 瞬く間に6体のワルキューレがぼろクズのようになる。 おそらくは自分と同じく復活しているだろう『ザ・ワールド』で砕いてやってもよかったが、それではDIOの気が収まらなかった。 ~2秒経過~ 鉄クズと化したワルキューレを尻目に、DIOはその血のように赤い目でギーシュを射抜いた。 「次は貴様だ、小僧。 拭えぬ絶望をその身に焼き付けるがいい」 DIOは、近くに転がっていた石ころを拾い上げ、ギーシュに投げつけた。 結構な速さで飛来していくそれは、ギーシュの額に激突する数サント寸前のところで停止した。 たいしたダメージにはならないだろうその石ころは、いつでもお前を殺せるぞという合図だった。 DIOは腕を組んだ。 ~3秒経過~ 「そして時は動き出す」 DIOの宣言に従うように、周囲の時間が進み始めた。 小石がギーシュの額に直撃するのと、青銅のワルキューレだった物が地面にガシャガシャとやかましい音を立てながら散らばっていくのは、全く同時だった。 ギーシュは、突然額に感じた痛みに、一瞬目を瞑ったが、すぐに痛みは消え、目を開いた。 そこには、信じられない光景が広がっていた。 自分の自慢のワルキューレが、6体とも、スクラップになっていた。 しかも、そのワルキューレたちが取り囲んでいたはずのDIOが、いつの間にか自分の前に佇んでいる。 「なっ!あ!?うっ?」 目の前の状況に頭がついていかず、ギーシュは意味不明な声を出した。 だが、わけがわからないのは、その場にいた全員もだった。 観衆は、何が起こったのかわからず、ザワつきながらお互いに顔を見合わせた。 タバサはその綺麗なブルーの瞳を、大きく見開いていた。 杖を握る手は若干震えている。 キュルケは、先ほどの光景を見逃したらしく、首をかしげていた。 ルイズは、その様を見て、無言で杖を収めた。 何が何だか分からないが、どうやらこの杖の出番はもう少し先らしいと、ルイズは思った。 ルイズは再び腕を組んだ。 DIOは、余裕の表情を浮かべてギーシュを見た。 ギーシュがダラダラとヘンな汗を掻きながら、DIOから離れた。 DIOはそれを黙って見逃した。 距離をとったギーシュは、気を取り直して、再び薔薇を振るった。 花びらが7枚宙に舞い、7体のワルキューレが、現れた。 しかし、次の瞬間そのワルキューレ達は再びスクラップと化した。 ガシャガシャという音が、またしても広場に響いた。 「…あ、……あぁ…!」 ギーシュの顔が真っ青になった。 膝がガクガクと笑い出す。 「な、何を…!何をした、平民…!?」 震える膝を誤魔化すように、ギーシュは叫んだ。 もはや形勢は完全に逆転していた。 そんなギーシュに対し、DIOは腕を組んだまま、ふむと言った。 「別に、一体何が起こったかなんて、君は気にする必要はないさ…。 それよりも、これから何が起こるかということを気にするべきだと思うがね?」 ギーシュは分けが分からなかった。 そんなギーシュの内心を悟ったのか、DIOは親切に教えてやることにした。 「つまりだ、君はこれからこのナイフに、ズタズタに串刺しにされるということさ」 "ズジャラァアア"と、金属が擦れる音を立てながら、DIOは隠し持っていたナイフを取り出した。 服の内側に隠されていたそれらは、マルトーから許可を得て、厨房から持ってきた物であり、一本一本がとても鋭かった。 よく切れそうだ。 その数実に十数本。 DIOはそのうちの8本ずつを両手に構え、これ見よがしにギーシュに見せつけた。 青かったギーシュの顔が、さらに絶望に青ざめた。 震えは止められそうにもない。 DIOはその様を見て、フフフと笑った。 「おやおやまた青ざめたな…このナイフを見て、さっきのガラクタよりも恐ろしい結末になるのを悟ったか…!」 ギーシュは恐怖の悲鳴を上げながら、薔薇を振ろうと腕を上げた。 だが、それより先にDIOが動いた。 「フン!逃れることはできんッ!貴様はすでにチェックメイトにはまったのだッ!」 そのままDIOが、処刑の宣言をした。 「『ザ・ワールド(世界)!!』」 そして、ギーシュはいつの間にか、全身に無数のナイフを生やしていた。 「うが…あ…!…ああぅ…」 ズシャア、とギーシュが地面に倒れた。 ルイズがペロリと舌なめずりした。 to be continued…… 25へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1471.html
重なりかけた二つの月が、科学の匂いを感じさせないハルケギニア大陸を仄かに照らす。 無事にラ・ロシェールに到着した一行は、ワルドの提案により、 その街で最上等の宿である『女神の杵』亭に泊まることとなった。 殆ど貴族達しか利用しないこの宿は、顧客層に合わせて、大層豪華な作りをしており、貴族達の自尊心を十分に満たすものであった。 その『女神の杵』亭のロビーの一角に、DIOはいた。 貴族の証であるマントを纏っていないにもかかわらず、使用人を従えているこの男の存在に、 他の客たちは揃って訝しげな表情をした。 しかし、それもほんの一時のことであった。 男の振る舞いが余りに堂々としていたことが、主な理由であった。 顔が映るほどピカピカに磨かれたテーブルを前にして、気後れするどころかふんぞり返るなんて、平民に出来るはずはなかったからだ。 テーブルに置かれたワインボトルが、DIOという存在感に軽いアクセントを加える。 周りの客達はそれぞれ、思い思いに想像を巡らせ、勝手に納得をしてその場を去ってゆくのであった。 そして、客達が納得をした理由はもう一つあった。 DIOの傍で、彼とは全く対照的な、暗鬱なオーラを全開にして突っ伏しているギーシュがそれであった。 もう何本も酒を飲んでいるのか、彼の周りには瓶が幾つも転がっていた。 マントを纏っていなければ、誰も彼が貴族であるなどと信じはしなかっただろう。 それくらい、ギーシュはやさぐれていた。 一体何が彼をそこまで追い込んでいるのか誰にも分からなかったが、 理由はどうあれ、彼が傍で情けなく酔いつぶれてくれていたこともあって、 客達はますますもってDIOの貴族性を認めるに至っていた。 夜も更けてゆくにつれて、徐々にロビーにいる人の姿が疎らになってゆく。 そんな『女神の杵』亭に、ワルドとルイズが帰ってきた。 桟橋へアルビオンへ向かう船の乗船の交渉に行っていた二人の顔は、一様に沈痛であった。 ルイズは不機嫌さを隠しもせずに、DIOのテーブルへと向かい、彼の反対側に腰を下ろした。 一つしか置かれていないグラスにワインを注ぎ、一息に飲み干す。 勿論それは、ついさっきDIOが使っていたグラスであった。 DIOの後ろで控えていたシエスタが、それを見てピクリと片眉を上げた。 しかし、シエスタはルイズを止めるには至らなかったし、ルイズもまた、そんなシエスタを無視した。 空になったグラスをテーブルに"ガン!"と叩きつけて、ルイズは溜息をついた。 「どうした、ルイズ。旅はいたって順調なのだろう。 何を浮かない顔をしている」 言葉とは全く裏腹な、冷ややかな笑みを浮かべているDIOに、ルイズはふてくされたまま何も答えない。 場を取り繕うように、ワルドが代わりに説明した。 「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうなんだ」 「全く話にならないわ! 急ぎの任務だっていうのに……」 二人の言葉に、キュルケは首をかしげた。 ゲルマニア出身の彼女は、アルビオンに関する知識をあまり持ち合わせていなかったのだ。 「あたしはアルビオンに行ったこと無いから分からないんだけれど、どうして明日は船が出ないの?」 キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。 「明日の夜は月が重なるだろう。『スヴェルの夜』だ。 その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくのだ」 つまり、明日丸一日は休めるということらしい。 自然と気が緩み、欠伸をしてしまうキュルケの内心を悟って、ワルドは頷いた。 「さて、来るべき戦いに備えて、今晩と明日はゆっくりと休息をとることにしよう。 部屋はそれぞれもう取ってある」 ワルドは懐から鍵束を取り出し、机の上に置いた。 「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとルイズの使い魔君が相べ…」 「DIO様の御部屋は、わたくしが別に御用意しております」 スムーズに事を運んでいたワルドの言葉に、シエスタが割り込んだ。 勝手に部屋を予約ししていたと聞いて、ワルドは戸惑った表情を浮かべた。 「しかしね、君……えぇっと、シエスタだったかね。残念だがそうはいかないよ。 いつまた賊どもが襲ってくるか判らないこの状況で、そんな勝手な真似を……」 「別に、御用意して、おりますので」 取り付く島もないシエスタによって、ワルドの言葉は再び遮られた。 彼女の言葉には、僅かながらも確かな怒りが表れている。 普段の無機質なシエスタらしからぬ剣幕に圧され、ワルドは肩をすくめるしかなかった。 ワルドに噛み付くそんなシエスタの様子を、ルイズはワインを飲みながらぼんやりと見ていた。 相変わらずDIOの事となると、梃子でも動かないような頑固さだと、ルイズは半ば感心していた。 ルイズは思う。 そのひたむきな忠誠心には頭が下がるが、どうしてその心遣いを他の人間にも見せてやらないのやら、と。 DIOに対するそれの、千分の一でもいいから他人に示すべきだ。主に私に。 チクショウあのメイド、一体どういう了見なわけ? 私はDIOの主人、マスター、御主人様なの。 つまり私はDIOより偉いのだ。アイアムナンバーワン。そこらの貴族とは、ワケが違うのよ。 こちとらちゃきちゃきのトリステイン生まれの公爵っ娘なんだから。……てやんでぇ。 と、そんなこんなで大分シエスタ論評にも熱が入ってきたルイズに、ワルドが声をかけてきた。 「ルイズ、良いのかい? 君の使い魔のメイドはああ言っているが……」 「えぇ、えぇ、良いのよ。ほっといてあげて。 寧ろ、アイツと相部屋にしたら、ギーシュが可哀相だわ」 ルイズは諦めたように手を振ってワルドに応じた。 ワルドはまだ納得していない様子だったが、DIOの傍で突っ伏しているギーシュをチラリと見て、その惨状に溜め息をついた。 気を取り直し、ワルドは、ルイズに鍵を差し出す。 「僕とルイズは同室だ」 ルイズは弾かれたようにワルドの方に振り向いた。 「婚約者だからね。当然だろう」 「でも私たち、まだ結婚しているというわけではないのよ?」 ワルドは首を振って、ルイズの肩に手を置き、真っ直ぐにルイズを見つめた。 「大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい」 肩に置かれたワルドの手に、力が籠もる。 いつになく真剣なワルドの視線に、ルイズは渋々了承することにしたのだった。 こうして、ルイズはキュルケに冷やかされながらも、ワルドと一緒に部屋へと消えていった。 ルイズの姿が消えた後もキュルケは暫く一人で何やら楽しんでいたが、やがて飽きたのか、タバサを引き連れて割り当てられた部屋へと消えていった。 DIOとシエスタも、さっさと部屋へと消えてしまい、ロビーに残ったのはギーシュ一人となった。 しかし、今のギーシュにとってはそんなことはどうでもよく、寧ろ一人になれただけ好都合だとも思っていた。 暫くテーブルに突っ伏して、時々思い出したように酒を呷る。その繰り返し。 「僕は…うぃっく! ……トリステインの薔薇なんだ。 ひゃっく! 薔薇は皆を…楽しませるために存在するのであって……えっく! ……決して一人のレイディのためにあるわけでは……!!」 アルコールが回り、酩酊状態に陥ったギーシュの脳裏に、これまで付き合ってきた(遊んできたとも言う)女生徒の顔が、泡のように次々と浮かんでは消えていった。 それは一年生のとある生徒の顔であったり、上級生である三年生の生徒の顔であったり、思い出す限り様々であった。 やがて、一年生のケティという女生徒の顔が浮かんで、消えていった。 そして最後に…………モンモランシーの顔が浮かんだ。 見事な金髪を縦ロールにした、トリステイン生まれであることを別にしてもなお勝ち気と言えた、けれどやはり可愛らしかった同級生の少女。 不思議なことに、いくら酒を飲んでも、ギーシュの頭からモンモランシーの顔が拭い去られることはなかった。 その理由がわからないことが、ギーシュの苛立ちを加速させる結果となり、ギーシュはますます酔いつぶれていくのであった。 しかし、例えやり切れない思いに限りはなくとも、酒には限りがある。 とうとう最後の一本を飲み干してしまったギーシュは、名残惜しそうに溜め息をつき、 やがて諦めたようにロビーを後にして、割り当てられた自分の部屋へと向かったのだった。 相方のいないダブルルーム。何だか今の自分にはピッタリではないか。 部屋に続く階段を、フラつく足取りで一歩一歩上がりながら、ギーシュは皮肉げに笑った。 いつから自分はこんなに厭世的になってしまったのだろうと、激しい自己嫌悪に陥りつつ、ギーシュはドアノブを回す。 おかしなことに、鍵はあいていた。 普段のギーシュだったら、あるいはほんの少しくらいなら疑ったかもしれなかったが、何しろ今は酔いつぶれている状態である。 夢と現の区別もついていない彼には、なぜ部屋の鍵があいているか、なんてどうでもよかった。 倒れ込むようにして部屋に入るギーシュ。 「お疲れ様でございます、ミスタ・グラモン」 部屋の鍵があいていた原因が、目の前にいた。 いつものメイド服こそ脱いで、寝間着に着替えてはいるが、 澄ました態度を崩さぬ目の前の少女は間違い無くシエスタであった。 「あぁ……君か。 ……どうしてこの部屋にいるんだ? 主人のところにいなくていいのか」 「DIO様は既にお休みになられました。 わたくしのような者が、あの方と同じ御部屋で一夜を明かすなど、許されないことです。 従って、不躾ながら相部屋を仕ることになりました」 普段のギーシュだったら、『貴族が平民と同じ部屋で寝られるか!』くらいの文句は言っていただろうが、 今現在無気力状態にあるギーシュは、何も言わずに自分のベッドに倒れ伏した。 飲み過ぎで判然としない頭を持て余しながら、ギーシュは横目でシエスタを見た。 「君は随分とあの男に忠実なんだな……」 酔った勢いか、気がつけばギーシュはそんなことを口走っていた。 返事など期待してはいなかったが、意外なことに、シエスタはいつもの真面目な顔をギーシュに向けた。 「それがわたくしの仕事であり、唯一の幸せでもあるのです」 ギーシュはフンッと鼻で笑った。 他人に従うことが幸せであるなどと、貴族である彼には到底理解できなかったからだった。 「本当にそれが君の幸せなのか? あの男の命令にほいほい従うことが?」 「幸せの在り方とは、人それぞれで御座いましょう。 ある人の幸せが、別の人にとっては不幸せである、などという話はよくあるでしょうし」 事務的なシエスタの回答だったが、何故か彼女の言葉はギーシュの胸を打った。 「幸せ、か……」 ギーシュは思い出す。 さっき飲んできたワインよりもはるかに濃厚だったこの一日を。 その始めに見たモンモランシーは、まさに幸せに包まれていたようにギーシュには映った。 モンモランシーのあんなにも輝いた表情を見たことは、少なくとも学院に入学してからの二年間、ギーシュは見たことがなかった。 ということはあれが、彼女の幸せなのだろうか? あの男の傍にいることが……。 ギーシュには全く分からなかった。貴族として生きてきたせいもあり、ギーシュは他人の立場に立って考えるということが絶望的に不得意だった。 しかし今回、何の因果か、ギーシュはそのことについて考えてみる機会を得た。 ……では、自分にとっての幸せとは、何なのだろう。 そう考えて直ぐに頭に浮かんだのは、自分と同じく好色な父の教えでもあり、己のモットーともいえる言葉であった。 『グラモンの男たるもの、常に多くの女性を楽しませる薔薇であれ』 ギーシュは今まで、このモットーに沿って行動してきた。 色々な女の子にモーションをかけてきたし、女の子を巡って、男子生徒と決闘の真似事をしたことも多々あった。 そうしていた頃の自分は凄く楽しかったし、満たされてもいた。……幸せだった。 だが、それに巻き込まれた他の人は、幸せだったのだろうか。 そう考えて、ギーシュはハッとなった。 多くの人を喜ばせるのが己のモットーだと思っていたが、その実は自分の欲望を満たすことしか頭になかったのではないだろうか。 ケティの涙を思い出す。 何人もの女の子をとっかえひっかえにすることが、どれだけ女の子の尊厳を傷つけるか、自分は理解していなかったのではないだろうか。 ただ自分のモットーが満たされればそれでよかっのでは? 本当に他人を喜ばせるということがどういうことなのか……自分は分かっていなかったのだ。 ルイズほどではないが、それなりにプライドの高いギーシュにとって、それは認めたくない事実であった。 しかし、モンモランシーとの一件が、彼を幾分謙虚な気持ちにさせていた。 「僕は……自分勝手だったのかな?」 不安げな口調で問うギーシュに、シエスタは首を横に振った。 「わたくしの口からは申し上げかねます」 「そうだろうね。少し意地が悪い質問だったよ」 貴族であるギーシュに対して、平民のシエスタが、『あなたは自分勝手です』なんて言えるはずもない。 場を繕って否定して見せても、白々しく見えるだけだ。 ギーシュは珍しく、シエスタの立場を鑑みていた。 「ですが……」 「?」 「間違っているとお思いなのでしたら、自分を変えてみるのも一つの方法かと存じます」 「ハハ……それができたら苦労はしないよ」 自分を変えるということは、つまり、今までの生き方を捨てるということである。 たった一人の女の子のために、これまでの楽しい暮らしを投げ出して未知への一歩を踏み出すには、ギーシュはまだ若すぎたし、臆病すぎた。 (幸せ、か……) ギーシュはひとしきり笑った後、やがて瞑目して、夢の世界へと旅立っていった。 ――――――――――― 深夜の『女神の杵』亭。 殆ど全ての客が各自室に引っ込んだ今、扉の連なる廊下は人けが無く、静寂が支配している。 その静寂というルールを破らぬようにして、廊下を進む一人の少女がいた。 トリステインではまず見かけない蒼色の髪に、自身の身長よりも大きな、節くれ立った杖を持つ彼女の名は、タバサといった。 キュルケが寝込んだ隙をついて、こっそり部屋を抜け出したのであった。 スルスルと、物音一つたてずに廊下を移動する様子は、実に手慣れたものであった。 気配も殆ど感じさせない彼女の存在は、誰にも気づかれまい。 やがて、タバサは一つの扉の前でその歩みを止めた。 廊下に扉は数多くあったが、その一つだけは何とも異様な雰囲気を放っていた。 DIOの部屋であった。 シエスタが用意したというその部屋は、一人だけで使用するには些か豪華過ぎるものであった。 本来なら、相応の煌びやかな空気を醸し出してくれるはずの豪華な扉は、 獲物を待ちかまえて、大口をあけている化け物のように、タバサには思えた。 ならば、今ここに立っている自分は、獲物ということになるのだろうか? 心の片隅で浮かんだ嫌な想像を無理やり抑え込んで、タバサは自分の杖をギュッと握りしめた。 タバサがキュルケとともにラ・ロシェールくんだりまで来たのには、もちろん理由があった。 その理由のために、こっそりDIOの部屋に向かったタバサだったが、 この扉の向こうにDIOがいると思うと、自然と浮き足立ってしまうのだった。 「…………………」 暫くDIOの部屋の前で逡巡したのち、タバサは深呼吸をした。 会う前から、場の空気に飲み込まれては駄目だ。 決心したタバサは、それでも恐る恐るといった仕草でドアをノックしようと手を伸ばした。 だがその瞬間――――― 『何を迷う』 おどろおどろしく扉の向こうから響いた声に、タバサはぎょっとした。 慌てて扉から数歩距離をとる。 全身から嫌な汗が吹き出してきた。 すぐにこの場を立ち去るべきだと、全身が警告を発していたが、 タバサは一歩も動くことができなかった。 気がついたら扉の方に意識を飛ばしている自分がいた。 この扉をあければ……。ゴクリと唾を飲み込む。 『どうした、早く入ってくるがいい』 だが、再び響いた身の毛もよだつ声に、抑えきれなくなったタバサの感情が爆発した。 自分はさっきまで、何ということをしでかそうとしていたのだろうか。 「…………いや!」 耐えられなくなり、次の瞬間タバサは駆けだしていた。 誰かに見られるかもしれないなんてことは、頭から吹き飛んでいた。 幸運なことに、バタバタと騒がしく廊下を走るタバサに気づいた客はいなかった。 自室に戻ったタバサは、そのままの勢いでベッドに飛び込み、布団を被った。 しかし、どれだけ物理的に離れていようが意味はなかった。 精神面から襲い来る何かに、タバサは少し震えた。 夜にアイツに会うのは駄目だ。夜に来たのは間違いだった。夜は取り返しがつかなくなる。夜は駄目だ。 夜は………………………………………… ……………………………けど、昼なら? 理性が感じる恐怖とは裏腹に、タバサの心は確実にDIOを求めていた。 to be continued……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1614.html
「……一体、これはどういう事だ?」 場所は『女神の杵』亭の中庭。 かつては貴族たちが集まり、トリステインの王が閲兵を行ったという練兵場跡で、ワルドはDIOと向かい合っていた。 しかし、ワルドが決闘に備えて緊張した趣であるのに対し、DIOはいつもと変わらない佇まいである。 何よりの違いは、DIOの放つ空気だった。 決闘などする気など全く感じられない、緩かな雰囲気。 その代わりに、DIOの隣に立つ一人の少女が、全身に闘気を纏わせているではないか。 これでは、まるで少女の方が決闘に臨むかのようである。 「ワルド、来いって言うから来てみれば、そのメイドとチャンバラする気なの?」 思ったことをそのまま述べたのは、ルイズであった。 彼女はこの決闘の介添え人として、ワルドに呼び出されたのであったが、 早い時間に起こされた彼女は、機嫌がよろしくなかった。 遊んでる場合じゃないでしょうが……と、じと目で呟くルイズに、ワルドは慌てて否定した。 「いや、ルイズ待ってくれ。これにはちょっとした事情が……!」 「うむ、子爵の言う通り。やむにやまれぬ事情があるのだ」 ワルドの台詞を横取りする形で、DIOが言った。 上手い言い訳が思いつかないワルドにとっては、ありがたい横槍と言えた。 しかし、DIOに出しゃばらせるのは癪と思うワルドは、即座に抗議の声を上げた。 「使い魔君……レディを代理に立てた挙げ句自分は高みの見物とは、紳士としてあるまじき振る舞いだぞ。 君には、男としての名誉を尊ぶ精神が無いのか?」 『名誉を尊ぶ』などという建て前が、ワルドの口から出た途端、ルイズは吹き出しそうになってしまった。 あのDIOが、そんな使い古された常套文句にいちいち反応するなんて有り得ないと、痛いほどに分かっていたからだった。 それを証明するかのように、DIOは薄く笑った。 猫がネズミをいたぶる時のような彼の笑みの意味を、ルイズはこれまたよく分かっていた。 「勿論これにはきちんとした理由がある。 私としても、子爵と剣を交えるのはやぶさかではないのだが、生憎と、今の私は療養中の身なのだ。 子爵が退室した後に思い出したのだが、過度に飛んだり跳ねたりする真似は絶対にするなと、 私は医者にキツく言われていたのだよ」 本当に悲しそうな顔をして、釈明を始めるDIO。 嘘八百とはこの事ね、とルイズがぼやいた。 しかし、その声は小さく、その場にいた者に聞かれることはなかった。 DIOの説明は続く。 「しかし、それでは折角私の部屋に出向いてまで決闘を申し込みに来てくれた子爵に対して、礼を失することになってしまう。 そこで、彼女を代理に立てるという形で、子爵の礼に最大限応えようという結論に達したわけだ。 断腸の思いだった。 私の腕前を子爵に披露することが出来ない無念を、『紳士的に』理解してくれると有り難いな、子爵。 だが、安心してくれ。 代理とはいえ、彼女の腕前は確かだ。私が保証する」 「しかし、う………むぅ…」 立て板に水を流したようなDIOの説明に、ワルドはすっかり閉口してしまった。 これでは、当初の計画における目的が、十分に達成できない。 今無理やり場の流れを変えようとしても、白々しく映ってしまい、ルイズの心証を悪くしてしまう。 最早ワルドに選択の余地はないのだが、それでもワルドは諦めきれなかった。 目の前に悠然と佇むあの男、どう見てもそんな重傷患者には思えない。 ワルドはそこを突いてみることにした。 「り、療養中といったね、使い魔君……。 ならば、今この場でその証拠を見せることは出来るかい?」 ワルドの最後の足掻きに対して、DIOは無言で己の首筋を見せつけた。 自然と、その場にいた人間の視線を集めることになる。 そこには、まるで一度切り落とした首を無理矢理肉体(ボディ)と繋ぎ合わせたような生々しい傷跡が、くっきりと刻まれていた。 「船の爆発事故に巻き込まれた時の傷だ。 似たような傷が、体中至る所にある」 やや忌々しげに傷の説明を加えるDIOに、ワルドはとうとう諦めた。 こうなった以上、自分にとって出来る限り最善の結末を迎えることを狙わうしかないと、ワルドは自分の心を切り替える。ルイズがいる手前、無様な姿だけは決して見せられない。 「うう、む…………仕方あるまい。 レディ相手に杖を振るというのも気の進まない話だが……」 内心の決心とは裏腹に、取り敢えずの躊躇いを見せるワルドに対して、シエスタは律儀に答えた。 「余計な心配でございます。 DIO様はわたくしに『一切を任せる』と仰いました。 従って、子爵様。大変畏れ多いことですが、わたくしをDIO様と思ってお相手をなさって結構でございます」 そう言いつつ、シエスタは懐から何やら取り出して、己の両拳に嵌めた。 今回は剣は使わないらしい。 金属で作られているのであろうソレは、昇りきった朝日の光を照り返し、ギラリと危険な輝きを放っている。 一見すると連なった四連の指輪のようにも思えるが、どうやらアレが彼女の武器のようだ。 魔法衛士隊隊長であるワルドですら、見たことの無い一品である。 拳で握り込む物であるらしいことだけは見て取れた。 だが彼に限らず、魔法を使うメイジ達には、ソレが何なのかを知る機会など皆無であっただろう。 ソレは魔法の使えない平民の武器であった。 ソレは、人々から煙たがられるゴロツキ達にとって、また、拳で語る漢達にとっての心強い味方。 その名をメリケンサックといった。 一度それを手に嵌めれば、使い手のパンチ力を反則的なまでに引き上げてくれる素敵アイテムである。 ましてやシエスタは、『固定化』の魔法をかけられた壁を素手で破壊する腕力の持ち主(ワルドは知らないが)。 そんな彼女がメリケンサックを嵌めたとなれば、その威力たるや、五臓六腑に響き渡るだろうことは想像に難くない。 運悪く脳天を直撃でもすれば、彼の頭蓋は地面に落としたワイングラスにも負けないくらい粉々に砕け散るだろう。 だが、彼女の怪力を今一つ実感することが出来ないワルドは、 どこか現実感の無い視線をシエスタに投げ掛けるだけである。 そんなワルドをよそに、シエスタは何度かメリケンサックの微妙な位置調整をした後、 両の拳を胸の前でガツンガツンと叩き合わせた。 見るからに闘志全開、意気揚々、殺る気満々という風情であった。 それもそのはず、彼女は自分の主の敵になる者は、例えお遊びであっても微塵の容赦もしないのである。 軽やかなステップと共にファイティング・ポーズを取ったシエスタは、視殺戦をワルドに仕掛けた。 真っ向から殺気を向けられて、相手が本気だとわかると、ワルドの顔が徐々に厳しいものになっていく。 「……なるほど、言うだけの事はあるな。 気迫だけはなかなかのものだ」 それは魔法衛士隊隊長としての、そして歴戦の戦士としての顔であった。 腰に下げてあった愛用の杖をやおら引き抜き、フェンシングの構えのように前方に突き出す。 「いざ、尋常に勝負といこう!!」 ワルドの掛け声を合図に、シエスタが地面を蹴り、流星のようにワルドに接近した。 (早い! ……が、直線的だな。 昨日の剣の使い方といい、やはりド素人か!) 凡そ華奢な少女の肉体では出せないほどのスピードにワルドは内心驚愕したものの、 長年の経験を生かし、顔色一つ変えずに迎え撃った。 ―――そう、迎え撃ってしまったのである。 得意げな顔をして杖を構え、衝撃に備えるワルドの姿を見て、ルイズは思わず叫んでいた。 「ワルド! 避けなさぁあああぁあい!!!」 だが、一足遅かった。 金属と金属がぶつかる鈍い音が響き渡り、火花が散った。 。 初合の勢いを殺しきれなかったのか、シエスタはバランスを崩して転倒してしまった。 ズザザーッ! と激しい砂埃をあげながら地面を滑るシエスタを、ワルドは油断無く見やる。 初撃をスマートに受け流す事が出来たとばかり思い込み、口端を吊り上げずにはいられなかった。 だが、転倒したシエスタに追撃を加えるために杖を振ろうとした時、彼は自分の右腕に起きた変化に気がついた。 ピクリとも動かない上に、右肩から先の感覚が全くないのだ。 恐る恐る自分の右腕を見る。 「おや?」 あらぬ方向にねじ曲がった右腕が、杖を握ったまま風もないのにぶらぶら揺れていた。 余りに想定外な出来事に、ワルドはどこか他人事のような顔をした。 しかし、徐々に右腕から走り出してくる激痛に、ワルドの意識は容赦なく現実に引き戻された。 「うおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおお!?!?」 すれ違いざまのシエスタの一撃は、杖による防御を無視して、ワルドの右腕を破壊していたのであった。 見慣れたはずの自分の腕が、目も当てられない醜い姿に変わり果ててしまえば、誰だって叫び声をあげるだろう。 それは、王宮ではいつも冷静沈着で通っているワルドですら例外ではなかった。 「あのバカ……どういう技なのか見切れないのかしら」 技も何も、実際の所シエスタは、ただ力任せにぶん殴っただけである。 別にワルドがとんでもなく浅慮だったというわけではない。 むしろ、右腕粉砕という程度で済んだワルドの肉体のタフネスを誉めてやるべきだった。 常人なら腕を吹っ飛ばされていたに違いないのだが、そんな言い訳はルイズには通用しない。 喉よ裂けろとばかりに叫ぶワルドに冷たい視線を送りながら、ルイズは呆れ半分、怒り半分と感じで呟いたのだった。 to be continued……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/205.html
DIOは、ギーシュが倒れるのを見てから、一歩一歩ゆっくりとギーシュに近づいた。 うつ伏せに倒れるギーシュは、身を捩って喘いだ。 全身をくまなく苦痛が襲い、涙が溢れる。 気が触れる寸前だった。 そんなギーシュを、DIOは見下ろす。 片膝を地面につけ、ギーシュの肩にポンと手をおいた。 「『安心』しろよ小僧。 今すぐ医者に見てもらえば、助かるさ……多分な。 ほら、見ろよ。心臓も肺も無事だぞ?よかったな」 既にギーシュは目の焦点が合っていないのだが、そんなことはDIOには関係なかった。 「なぁ、小僧。俺は知っているぞ。俺のこの状態は、決して長続きしないことを。 …恐らく、ほんの束の間さ、俺がこうしていられるのも。 すぐに元の木阿弥さ。 わかるんだ」 ギーシュは急性出血からショックを起こし、体がガクガク痙攣している。 「今お前を、地面を這いつくばるカエルみたいにペチャンコにしてやってもいいんだが、そうすると後が問題さ。 ここは人目が…メイジが多すぎる。 さすがの俺でも、少々困ったことになってしまう」 チラッとDIOは振り返った。 ルイズが無表情で、右手の親指でクビをギィッと掻き切る真似をした。 GOのサインだ。 「かわいい『マスター』は、お前を殺して欲しいらしいぞ……だが、貴様は殺さん。かといって、このままでは俺の気が収まらん。 そこで……!」 DIOはおもむろに、その五本の指を、ギーシュの胸に突き刺した。 ギーシュがコフッと、血を吐いた。 体が痙攣して、杖をぽとりと取り落とす。 "ズギュン" "ズギュウン" "ズギュゥゥウン…!" DIOはその指を通じて、ギーシュの血を三回ばかり吸った。 貧血により、本当に顔面蒼白となったギーシュは、あっさりと意識を手放した。 DIOは指をギーシュから引き抜き、その指についた血をペロリとなめた。 勝負ありだった。 「シエスタ」 「はい、DIO様」 DIOの呼びかけに、シエスタが即座に応じた。 しずしずとDIOのそばに歩み寄り、お辞儀をする。 「邪魔だから、片付けておけよ……そのボロクズを」 DIOはきびすを返し、広場を立ち去ることにした。 その左手の甲のルーンの光が、ふっと消えた。 DIOが近寄ると、輪をかいていた観衆のその部分が、モーゼのように二つに割れた。 シエスタは、かしこまりましたと言い、ギーシュのそばに近寄った。 何をするのかと思いきや、シエスタは一言"よいしょ"と気合いを入れると、ギーシュを軽々とその肩に担いで、医務室の方へと背筋を伸ばしたまま歩いていった。 ---あれなら石像を運んだと言われても納得だろうか、とルイズは思ったが、そんなことはどうでもよかった。 さっきギーシュがナイフに全身を貫かれた時、そして、血を吹き出すのを見たとき、自分は何を思ったか。 それだけが重要だった。 …………なんとまぁ、あの赤い生命の旨そうなことか…そう思ったのだ、確かに。 これは、おかしい。 まるで自分がギーシュの血を飲みたいと思っているみたいではないか。 二重に契約したことで、自分はDIOと精神的により深い面でつながっていることをルイズは知っていたので、それのせいだろうか、とルイズは思った。 そして、考えていたせいで、ルイズはギーシュを爆殺する機会を逃したことを知り、舌打ちした。 いずれにせよ、DIOはまたしても、命令不履行を働いたことになる。 ルイズは、ギーシュを殺さなかったDIOの後を走って追いかけた。 結局ルイズは、DIOが向かった自分の部屋にたどり着いても、少しも息を切らすことはなかった。 ギーシュ……全身にナイフが刺さり、瀕死の重傷。早退(リタイア) to be continued…… 26へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/716.html
DIOは、キュルケの場の空気を読まない発言のせいで、 力が抜ける思いだったが、 気持ちを新たに2本の剣をじっくりと眺めた。 やがてどちらを最初にするのか決めたのか、 その内の1本を手に取ると、 フーケに向けて槍投げよろしく投擲した。 意外な行動に少々驚いたフーケだったが、 流石は百戦錬磨といったところか、 弾丸のように回転しながら向かってくるソレを、 残ったゴーレムの片腕で、やすやすと叩き落とした。 "パキィン!"という甲高い音とともに、 投擲した剣は脆くも砕け散った。 だが、せっかくの武器を破壊されたというのに、 DIOは涼しい顔をしている。 「うむ、やはりか。 ルイズめ………まだまだ子供か。 ナマクラを掴まされおって」 果たして投擲された剣は、 ルイズが結構な金(といっても裏金だが)をはたいて購入した、 シュペー卿の剣であったのだが、 どうやらただのナマクラだったようだ。 あのオヤジに一杯喰わされたということらしい。 ルイズの教育は追々にするとして、 DIOの興味は、すでに2本目……デルフリンガーへと移っていた。 DIOは、デルフリンガーを鞘から引き抜いた。 途端に、デルフリンガーの柄がパクパク動いた。 「デェェエエエ!!?? な、なんか用なんすかぁぁぁあああ!? 後生だから、あの店に戻しちくり!! お願えだぁあぁあああ!!!」 抜かれるや否や、 ゲドゲドの恐怖ヅラで命乞いを始めるデルフリンガーの言葉に、 DIOは恍惚とした表情で耳を傾けた。 「次はお前の番だ。 せいぜい気張れ。 さっきのナマクラみたいに、 へし折れたくなければな」 「いぃやぁあああああ ああああああああ!!!!!」 「実にナイスな返事だ」 DIOは躊躇なくデルフリンガーを掴むと、ゴーレムに踊りかかった。 ゴーレムが、再生させた片腕で殴りかかるが、 DIOはそれをヒラリとかわし、 逆にその腕の肘から先を、デルフリンガーで切り飛ばした。 「ほほう。 錆びだらけの割には、なかなかどうして頑丈じゃないか。 ただの剣ではないようだな、デルフリンガよ」 所々に錆が浮かんでいるデルフリンガーを、DIOはしげしげと眺めた。 「ほ、褒めるくらいなら、 せめて名前を直して………」 顔色を窺うようなデルフリンガーの言葉は、 残念ながらDIOの耳には届かなかったようだ。 DIOの視線は、ゴーレムに注がれていた。 ゴーレムは、切り飛ばされた腕を再生しようとしていたが、 その速度は先ほどに比べると緩慢だった。 どうやら、再生能力にも限界があるらしい。 そのあたりは、吸血鬼である自分とほぼ変わらないようだ。 ―――つまり、再生仕切れないほどの損傷を一気に与えてやれば、 ゴーレムを倒せる。 そう判断したDIOは、唇を笑みで歪めた。 一気に。 瞬時に。 時間差もなく。 これは、DIOの最も得意とするところであった。 DIOはデルフリンガーを片手に、地面を蹴った。 凄まじい跳躍力で、瞬く間にゴーレムの顔辺りまで上昇する。 奇しくもそれは、ルイズのとった行動の焼き直しだった。 肩に乗るフーケと、目が合う。 しかし、同じ手に二度は驚かぬとばかりに、 フーケは切り飛ばされなかった方のゴーレムの腕を、 即座にDIOめがけて振るった。 ルイズの時より断然早い。 タイミングから言えば、ルイズだったらモロに喰らって ミンチにされていただろう。 それほどの瞬速の一撃だったが、DIOは何食わぬ顔だ。 唸りを上げて迫るゴーレムの一撃を意に介すことなく、 言葉を紡ぐ。 それは、 世界の全ては自分の支配下にあるという宣言に近かった。 「『ザ・ワールド(世界)』!!!!」 ―――ドォオオオオン!!!――― ………そして、時が停止した。 ゴーレムは、ただの石像のように固まった。 フーケは明確な殺意を顔に浮かべたまま動かない。 いつも騒がしいデルフリンガーは、水を打ったように沈黙していた。 上空のシルフィードも、 はばたいていないにも関わらず、墜落しない。 ワイヤーで吊り下げられたみたいに空中で停止している。 キュルケとタバサも、心配そうな顔で地面をのぞき込んだ状態で、止まっていた。 「時は止まった………」 ゴーレムの鼻辺りで、何故か空中浮遊しているDIOが呟いた。 重力を軽く無視した行為なのだが、 幸いにもそこに突っ込んでくる相手は、 ここにはいなかった。 しかし、いつぞやの決闘の時と違って、 左手のルーンは輝きを放っていない。 つまり、長く『止める』ことは出来ないということだ。 どうしてなのかは分からないが、分けの分からない力を頼りにするほど、 DIOはお人好しではなかった。 グズグズしている暇はない。 DIOは、物言わぬフーケを指差した。 「私『は』お前には手出しをせん。 ルイズがお前をご所望のようだからな」 そういって、沈黙するデルフリンガーを横に薙いだ。 "ズバァッ"と形容しがたい音を響かせて、 ゴーレムの首が飛んだ。 間髪いれずに手を振ると、 DIOの体から幽霊……『ザ・ワールド』が現れ、 亜音速で両の拳を繰り出した。 『無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄ァ!!』 上半身のみの『ザ・ワールド』が、 嵐のようなラッシュをゴーレムの頭部にお見舞いし、 ゴーレムの頭部は、無残な『土くれ』へと還った。 ~1秒経過~ ようやっと落下を始めたDIOは、 落下するに任せて、デルフリンガーを縦横無尽に振り回した。 吸血鬼の腕力も手伝って、 ゴーレムがあっさりと細かく切り刻まれていく。 切り刻まれたゴーレムの破片を、 『ザ・ワールド』が正確に打ち砕いていった。 ~1秒半経過~ 上半身から下半身へ………DIOが着地した時、 ゴーレムはもうほとんど原型を留めていなかった。 かろうじて、DIOの手が回らなかった四肢の末端部分だけが、 虚しくゴーレムの名残を残す。 足場をなくしたというのに、 フーケの体は、 先程と変わらぬ姿勢で宙に浮いている。 後が大変そうだ。 軽やかに着地したDIOは、空を仰いだ。 「さぁ、これでいいのだろう、ルイズ。 ……後はお前の出番だ」 どうやら、時間切れらしい。 時間にしてみれば、2秒ほどだったが、 DIOにとっては深い意味を持った。 2秒。 ルーンに頼らず、2秒。 以前はルーンの助けを借りて、3秒がやっとだった。 DIOは己の力の回復を、 「時間」という形で実感していた。 ~2秒経過~ ―――この間、 止められる時間が短かったせいか、 それともあまり深く考えていなかったせいか、 DIOがルイズを注視することは 遂になかった。 ……だから、DIOは気づかなかった。 時の停止した空間の中、シルフィードに跨るルイズの指が、 僅かに……髪の毛ほどの刹那、ピクリと痙攣したことに。 …DIOは気づかなかった。 「そして時は動き出す」 to be continued…… 44へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/138.html
クラスメイト達は、『ゼロ』が錬金の魔法を行うと知ると、いっせいに机の下に潜り始めた。 皆、これから何が起きるのか、経験から分かっているのだ。 しかし、近年ルイズの魔力は上がる一方である。 そのたびに規模が拡大してゆくルイズの失敗魔法に、生徒達は自分たちが非難する石造りの机に頼りなさを感じ始めていた。 マリコルヌもその1人であった。 彼はルイズが立ち上がるのとほぼ同時に、真っ先に机の下に避難した人間だった。 我も我もと自分の机に潜り込んで来るクラスメイト達をうっとおしく思いながらも、これから起こるショウタイムに期待と、ほんのちょっぴりの不安を感じていた。 ふと目線をあげてみると、ルイズの呼び出した使い魔の平民が、依然変わらず本を読んでいた。 "こいつ、さては知らないな"と思いながら、マリコルヌはその男を冷やかした。 「おい、平民!そんなところに突っ立ってていいのか?ケガするぞ?」 男はマリコルヌに視線を向けた。 血のように真っ赤な目がマリコルヌを捉えた。 内心の怯えを誤魔化すように、マリコルヌは続けた。 「お生憎様だけど、この机は貴族様専用なんだ。使い魔はおとなしくそこで吹き飛んでな」 男は何も答えなかった。 男はチラとルイズに目をやった。 そこではルイズが真剣な…実に真剣な顔でこれでもかと石に魔力を込めていた。 今から避難しようとしても間に合わないだろう。 男はやれやれとかぶりを振ると、マリコルヌに言った。 「そうだな。そんな所にいたら……ケガをするのは当たり前だな」 ―――机の下から響いた男の声に、マリコルヌはギョッとした。 男は、さっきまで自分が潜り込んでいた場所から 皮肉気な笑みをこちらに向けていた。 ふと気がつくと、自分はついさっきまで男が立っていた場所に棒立ちしていた。 「え!? ………………… …………オレ?」 わけのわからぬ現象に頭がついていかないマリコルヌを置き去りに、次の瞬間ルイズが思いっきり杖を振った。 想像を絶する大爆発が起こり、教壇の上にあった石が全て粉微塵になった。 そして、生徒の方に扇状に爆散していった。 散弾銃のように。 細かな粒状になったそれらは、ビシビシと音を立てながら、生徒の机にめり込んでいった。 当たったらただでは済むまい。 他の生徒達は机の下に避難していたが、1人棒立ちしてしたマリコルヌは、その散弾をモロに受けた。 全身に細かな石粒をめり込ませて、マリコルヌはドザッと倒れた。 「た…………立っていたのは……オレだったァ… 今その机の下にいたのにィ~~~」 思い出したように、全身から血が吹き出してきた。 割と重傷だった。 そんなマリコルヌを無視して、DIOは己の手を見つめながら不思議そうにそれを握りしめた。 試す必要があるな、とDIOがそう言った。 一方ルイズは、呪文を唱えた瞬間に飛び込んだ教壇の下から、ヒョッコリ顔を出した。 側を見ればシュヴルーズが転がっていた。 気絶はしているものの、傷は軽そうだった。 ルイズはチッと舌打ちした。 どうしてこういう奴に限って、変に運がいいんだろうか……ルイズは世の無常を儚んだ。 感傷もそこそこに、ルイズはすくっと立ち上がると、プリーツスカートについた埃を払い、シュヴルーズの方に近づいていった。 さっき『ゼロ』と呼ばれたことに対する憂さは晴らしたが、 シュヴルーズに対する怒りはまだだった。 こいつは、自分が失敗することを見越して、私を指名したのだと、ホントかどうかは定かではないが、『ゼロ』ネタでからかわれて、頭に血が上っているルイズはとにかくそう決めつけていた。 そして、その状況ではそれが全てだった。 ルイズは無表情でシュヴルーズを1回蹴りつけた。 ゴロンとシュヴルーズが転がった。 ゴム鞠みたいに転がるシュヴルーズを見て、ルイズはニヤっと笑った。 ゲシゲシと無言でシュヴルーズを蹴り回した。 (アンタが悪いのよ!(ドゴッ) 私を怒らせたアンタがッ!(ドガッ) 思い知れ!(ガッ) どうだ!(ガッ) 思い知れ!(ドガッ) どうだ!(ゲシ) どうだぁ!(ボグッ)) 夢中になって蹴り回すルイズだったが、机の下から這い出てくる生徒が1人1人増えていくのを視界の端に捉え、 ルイズはピタリと蹴るのを止めた。 ルイズは切り替えのうまい女だった。 生徒が全員這い出てきたのを確認したルイズは、ケガ人が出なかったことを知ると、再びチッと舌打ちした……心の中で。 ルイズは切り替えのうまい女だった。 だが、机が陰になっていたので、地面でピクピク痙攣しているマリコルヌには、さすがのルイズも気づかなかった。 そして、何事もなかったかのように言った。 「ちょっと失敗したみたいね」 誰も、何も答えなかった。 無言の沈黙を受け流し、ルイズはとても爽やかな表情で自分の席に着席した。 隣の生徒がビクと震えた。 その有様を見て、DIOはどうしてルイズが『ゼロ』と呼ばれているのかを朧気ながらに理解した。 マリコルヌの痙攣が、段々弱くなっていった。 ルイズ……無傷。 DIO……無傷。 キュルケ……無傷。 タバサ……無傷。 マリコルヌ……重傷、早退。 シュヴルーズ……五時間気絶。(爆発で二時間。ルイズの蹴りで三時間。) to be continued…… 20へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/124.html
次の日、ルイズは部屋に溢れる陽光の刺激で目を覚ました。 床で寝たせいか、体のあちこちが痛かった。 カーテンは閉めてあったものの、ルイズは部屋に溢れる穏やかな陽光が無性に気に喰わなかった。先にあの使い魔が起きて、カーテンを閉めたようだ。 だが……先に起きたのなら、何故主人である私を起こさないのか。 ルイズはムクリと起き上がり、辺りを見回し、命令不履行のムカつく使い魔を探した。 いた。 優雅に横になって本を読んでいる………私のベッドで。 異常に分厚い本だった。タイトルがチラと見えた。 『おかあさんがいない―――オコォース・アディサァ著』というタイトルだった。子供向けの本なのだろうが、タイトルが少々おかしい気もする。 その脇の机にはワインボトルが置かれていた。 グラスに注がれた液体がユラリと揺れる。 ベッドはもちろんルイズの物だったし、ワインに至っては、彼女がこれまで大切に大切にとってきた上物の逸品だった。 それにその本、どこから持ってきた。 ルイズは身なりを正して叫んだ。 「あああ、アンタ…!!つつつ使い魔のぶ、分際で…!!」 ルイズには怒り狂うと、どもる癖がある。 つまり、どういうことかというと、ルイズは怒り狂っていた。 杖を取り出して、ルイズはDIOに向けた。 般若の形相のルイズはそれはそれは恐ろしいものだったが、DIOはそれをチラとも見ずに、本を読み続けている。 ズカズカとルイズが近づくにつれて、視界の脇に、小さな山が映った。 横になっていたから分からなかったが、ベッドの 側にはこれでもかとばかりに様々な物がうず高く積み上げられていた。 金銀財宝、剣に絵画に壷に本に皿に甲冑に……etc. 石像までデンと置いてあった。 ルイズは目の前が真っ白になった。 ふらふらと後ずさる。 「んな、なななな…何よこれ!?どこから盗ってきたのよ!?」 「学院長室……だったかな。そこの下にある部屋だよ」 DIOは何でもない事のように答えた。 ―――バカやろう、そこは宝物庫だ…!! ルイズは思った。 トリステインの、幾人もの一流のスクウェア・メイジたちが力を合わせて『固定化』の魔法をかけ、一流の教師たちが管理しているはずの、我がトリステイン魔術学院が誇る宝物庫が………。 ルイズは驚くと同時に、恐怖した。 この使い魔に出来ないことなど、ないのではないだろうか。 言葉に詰まって、分けの分からぬうめき声を上げるルイズ。 そんなルイズを尻目に、DIOは続けた。 「図書室にも行ってみたんだが……生憎と文字が分からなくてね。」 言葉は分かるのだが、とそういうDIOだが、ルイズは全く聞いていなかった。 どうしようどうしようと、頭を抱えていた。 「それで、学院長室の下の部屋を覗いてみたんだ。 些か骨が折れたがね……そこで、この本を見つけたんだ。この本の文字は私にも読めるものだ」 あの堅固な封印を、その程度で済ますか…! ルイズはDIOをキッと睨んだ。 が、DIOはどこ吹く風だ。 暖簾に腕押し、ぬかに釘、キュルケに慎み…そんな言葉がルイズの頭に浮かんだ。 「心配するな。ドアはキチンと閉めて来たさ」どうでもよかった。 「それよりも『マスター』、この本は実に興味深いぞ」 さらにどうでもよかったが、エラくお気に召したのか、DIOは本の内容を指でなぞりながら朗読しだした。 形のよい唇が、聞く人を引き込むような声を紡ぎだし、ルイズは思わず耳を傾けた。 「チョコランタンで……ヘンテコピーマン……飛んで……」 ゾワッと、ルイズは鳥肌が立った。 なんだあの言葉は。 なんだ……あの言葉は。まるで一言一言が意味を持っているかのようだった。 なにかの呪文なのだろうか。 ルイズはそこまで考えて、その本が宝物庫にあった事を思い出した。 古今東西、あらゆる秘宝財宝を安置しているというトリステインの宝物庫 だが、中には余りに危険だからこそ、宝物庫に封印されてしまったいわくつきの代物もあると聞いたことがあった。 まさかあれは、その手の類の禁書なのではなかろうか。 ルイズはハッとして、DIOから本を取り上げた。 不思議なことに、その本はルイズでも読むことが出来た。 『地獄門のなかには…』そんなフレーズが目に入り、ルイズは慌てて本を閉じた。 この本は、危険だ。 ルイズは心で理解した。突然本を奪われて、肩をすくめるDIOに言った。 「これは読んじゃダメよ。返しておきなさい。本なら後でいくらでも都合してあげるから」 「『マスター』………」 「ダ メ よ!」 ルイズが力を込めて叫んだ瞬間、ルイズの魔力が再びDIOに流れた。 昨夜よりは流れる量が少なかったので、倒れることはなかったが、ルイズはその吸い取られるような感覚にフラついた。 DIOの左手の甲のルーンがぼぅっと光った。 うむ、とDIOは苦しそうに一言うなった。 その光が収まった後、DIOは渋々…本当に渋々といった感じのため息をついた。 「分かったよ……『マスター』、君の意見を尊重しようじゃあないか」 そう言って、DIOは本を受け取って、部屋を出ていった。 どうやら諦めてくれたようだ。 ホッと一息つくとともに、ルイズはさっきの現象を思い出した。 昨夜も、そんなことがあった気がする…よく覚えていないけど。 考え続けた挙げ句、ルイズは一つの可能性に行き着いた。 ………魔力を流せば、DIOに言うことを聞かせられる、ということなのだろうか…? 「………フ、フフフ…」 そこまで思い立ったルイズは、1人ニヤリと黒い笑顔を作った。 「……フフフフハフハフハフハハハ ハハハハハハハハハハハハハハーー!!!!」 ルイズの高笑いが、いつまでも部屋の中に響いていた。 ベッドの側にある小山の処理のことなど、もはや彼女の頭にはなかった。 数分笑ってから、後悔した。 to be continued…… 17へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1704.html
ワルドの叫びを背景に、シエスタは幾分離れた場所で体勢を立て直し、ムクリと起きあがった。 見る者に清潔感を与えるはずのメイド服は、地面を盛大に転がったせいで、 目も当てられない様相を呈していた。 服の所々が擦り破れ、埃にまみれている。 しかし、シエスタは服を払うどころか、一瞥すらしなかった。 今は戦いの真っ最中。服を気にしている余裕はない。 シエスタの放つ空気が、そう物語っていた。 「ぐぬぬぬぬぅ……ギッッ!!」 己のひしゃげた右腕を庇いつつ、ワルドは低く唸った。 呼吸は荒く、顔面に滲み出た汗がボタボタと地面に滴り落ちる。 先程の一撃で体中が痺れているという事実に、ワルドは今更ながら戦慄した。 (バカなッ……! こんな非常識……死、死んでしまうぞッ……! こんなの有り得るか!!) 彼女の腕力に予め気付いていれば、それなりの対処も出来ただろうが、 あの小柄な体格で、こんな非常識な馬力を出せるなど、誰が想像できようか。 正直な所、彼はシエスタを見くびっていた。 その代償は大きい。 幸いに杖は無事だったが、杖と腕、どちらを折られたとしても、 平民にやられたとあっては、大変な不名誉になることに変わりはない。 自然、彼を襲う身を裂くような痛みは、そっくりそのまま怒りに変わることになる。 視界がグニャグニャと歪み、赤のランプがチカチカ灯っているが、それらを気力で封じ込め、 ワルドは捻り曲がった右腕から杖をもぎ取り、左手に持ち替えた。 絶望的なまでの筋力差を見せつけられても尚、彼の心は勝利へと向けられている。 それどころか、腕を折られたことで、彼の中の凶暴な部分が目を覚ましたようでさえあった。 ワルドの目に一瞬狂気の色が浮かぶ。 ルイズがこの場にいることなど、頭から吹っ飛んでしまったようだ。 「うぉ……おのれ! この動きが見切れるかァ!!」 たった一撃が致命傷になりかねない相手に対して、ワルドは敢えて近づいた。 離れた距離を活かして魔法攻撃に専念するのが最善なのだが、 接近戦でシエスタを打ち負かさないことには、ワルドの気は収まらないのだ。 左に持ち替えた杖を複雑に動かしてフェイントをかけつつ、ワルドはシエスタ目掛けて疾駆した。 右腕が使えなくとも、彼の技巧は些かも衰えない。 予測し難い複雑な杖の動きは、さながら無数の毒蛇である。 それに対しシエスタが繰り出すのは、左右交互の連撃。 その悉くが夜の帳よりも冷たく、重い。 しかし、シエスタの拳がワルドを捉えることはなかった。 風が雨の間を潜り抜けるように、ワルドにかわされてしまう。 拳の合間を縫ったチクチクとした攻撃が、嘲笑うかのようにシエスタの全身に刻まれていった。 「ウリャアッッ!!」 痺れを切らしたのか、その動きを読み切れないまま、シエスタは空間ごと抉り取るかのようなアッパーカットを放った。 が、惑わされたままの闇雲な一撃が当たるはずもない。 大振りのアッパーカットの先にワルドの姿はなく、ワルドは素速くシエスタの側面に回り込んでいた。 「速さなら負けはしない。 僕の二つ名は『閃光』だ」 「……!!」 がら空きになった脇腹に杖がめり込み、シエスタは再び地面を転がった。 威力・速度・タイミング、いずれも申し分ない、絵に描いたようなカウンター。 肋骨の二、三本も折れたかもしれない……折るつもりで、ワルドは攻撃した。 立てるはずがない。 立てるはずがないのだ、常人なら。 そう確信している上で、未だにワルドが杖を収めていないのは、 彼が既にシエスタを常人と見なしていないことの表れだろう。 鈍痛を放つ右腕に顔をしかめながらも、ワルドは余裕を取り戻した口調で話しかけた。 「まるでトロル鬼のような……パワー。 ……マンティコアのような瞬発力。 ぬぐ……。見てくれ、この腕を。 直ぐに『水』のメイジに診てもらわなければならないよ。 全く、驚いた。 だが惜しむらくは、君は戦い方がズブの素人だということだ。身体能力を活かせてない。 これ以上は無益だ。降参したまえ、メイド君。 さもなくば、もっと痛い目を見ることになる」 『降参』の一言を耳にするや否やであった。 立てるはずのないシエスタが、瞬時に跳ね起きた。 どういうわけか、あれだけ動き回ったにも関わらず、彼女の呼吸は全く乱れていない。 未だ肩で呼吸をしているワルドの脳裏に不安がよぎったが、それは杞憂であった。 シエスタの脇腹に刻まれた打撃痕が、間違い無く彼女の動作の支障になっているのが見て取れた。 常人離れしている化け物とはいえ、ダメージの蓄積は人並みらしいことに、ワルドは少なからずほっとする。 その一方でシエスタは、唇から垂れる鮮血を片手でやや乱暴に拭い、訥々と同意を示した。 「…………そう、その通りですわ。 取り立てて才能の無い一般人『だった』せいもあり、 わたくしには戦いに必要な技術的要素が欠落しています」 「特にあなたのように技量のある貴族相手では、それが露見してしまうのは当然でしょう。 今のわたくしでは、貴方に勝つのは難しい」 それは、シエスタなりに第三者的見地に立って考えてみた末の結論だった。 いかに生物的に人間を上回っていても、積み重なった人間の技術に敗れ去ることが有り得るという現実を、 シエスタは今実感していた。 最初こそワルドの油断につけ込めたが、もう彼には力任せな攻撃は通用しないだろう。 加えて、先ほどの流麗なな杖捌き。 がむしゃらに足掻いても、まさに柳に風だ。 シエスタは負けるわけにはいかない。 が、『今の』自分にはそうした粗雑な攻撃しかできないのはどうしようもない。 なら、どうするべきか。 シエスタは考える。自分の主の事を。 何故、主は敢えて自分をワルドと立ち会わせたのか。 その意味を。 「さぁ、参ったと言うんだ。 これ以上女性を痛めつけるのは、僕としても心が痛む」 ワルドが急かす。 だが、シエスタはそれをまるっきり無視した。 (…………………………) 俯いたまま暫くの間無言で考えた後、シエスタは何かに気づいたのか、はっとした顔になった。 「…………わかりましたわ」 「降参、する気になったかね?」 シエスタの独り言を都合よく捉えて、ワルドはふっと肩の力を抜きかけた。 「いいえ、子爵様。 申し訳御座いませんが、もう暫くお付き合い願います」 シエスタは再びゆっくりとファイティング・ポーズをとる。 自分の意に沿わぬ返答を受け、ワルドは不快感も露わに呪文を唱え始めた。 ―――――――――――――― 「で、そろそろ説明してくれるんでしょうね?」 ワルドの右腕がオシャカにされるのを見届けてから、ルイズは隣に佇む自分の使い魔に声を掛けた。 完全に蚊帳の外に置かれていたせいもあり、彼女の口調は若干キツいものになっていた。 シエスタとワルドを挟んで、ちょうど向かい側にいたはずのDIOは、 いつしかルイズの側に移動している。 彼は四六時中無駄にオーラを放っているので、ルイズは嫌でも近付いて来るのがわかった。 DIOの接近が分からなくなるのは、彼が意味不明な超能力を使ったときだけだ。 「今回、シエスタをあの子爵に焚き付けたのには、いくつかの意図があってのことだ」 すんなりと口を開いてきたことに、ルイズは正直ビックリした。 この使い魔は、そう簡単に自分の企みを話したりはしない。 散々っぱら弄ばれ、気がついたら完全に彼の掌の上――という方向に持っていくタイプなのだ。 それをこうも易々とひけらかすとは考えにくい。 ということは、むしろこの場合、 私も聞いておくべきだと思っているからこそ、話していることになるのだろう。 ルイズは心持ち身構えた。 「シエスタは私のメイドになってからまだ日が浅い。 つまり、経験が不足しているのだ。圧倒的にな。 だから、あの子爵と戦わせることでそれを補わせる」 「ふぅん。案外使用人思いね」 「幸いにもあの子爵は、メイジとしても、武人としても、それなりに道を修めているようだ。 まさに打ってつけというわけだ」 それだけじゃないでしょう、と視線でコンタクトを取ると、DIOは頷いた。 「無論、私にとってもこの方が好都合なのだ。 この世界の『魔法』には、色々系統があるそうじゃないか。 私は極力それら全てを目で見て、知っておく必要がある。 ……骨を折らずにな」 「意外ね。こういうのは、あんたは自分でやると思ったんだけど」 「私が療養中だと言ったのは、あながち嘘ではない。 それにだ、私が本当に『人』と張り合うとでも思ったのか、ルイズ?」 ニヤリ……そうとしか形容しようのない笑みを浮かべて、DIOはルイズを見た。 「思うわ」 ルイズは頷いて答えた。即答であった。 DIOの言葉を真正面から斬って捨てて断言してくるルイズに、DIOの笑みが消える。 その代わりに、氷より冷たい無表情が浮かんだ。 「……ほう、何故だ?」 「だってあんたってヘンに子供っぽいところがあるもの。 負けず嫌いと言い換えてもいいわ」 「……………………」 「私と一緒ね」 今度はルイズがニヤリと笑う番だった。 「……フン、何を血迷っている。 そもそも私と人間どもとでは、強さの次元が違う。 私と、私のスタンド『ザ・ワールド(世界)』は、あらゆる点に置いて別格なのだ」 自信たっぷりに言い切るDIOに、ルイズは今度は危険性を感じた。 負けず嫌いなのは大いに結構である。 自分もそうであると自覚している以上、ルイズにそれをどうこう言う資格はない。 だがこの使い魔は、負けず嫌いの性分がプライドと直結しているようである。 それが自らのとてつもない(?)力と相まって、しばしば他人の力を過小評価させてしまうようだ。 その点が、こいつの致命的な欠点と言えるかもしれない。 それを矯正してやることが、自分の役割であるようにルイズには思えて仕方がなかった。 何故かは知らないが、妙な目的意識に駆られてしまう。 ルイズは自然と口を開いていた。 「確かにあんたは強いかもしれないけど、あんたの場合はもう少し…… ……ホントーに少しでいいから、謙虚な心構えを持った方がいいと思うの。 もう足を掬われないためにも、ね。 私の言ってる意味、分かるでしょう?」 DIOがジロリ、とルイズを見下ろした。 「このDIOがか?」 「どのDIOでもいいから、何とかしなさい。 今後の課題! わかった?」 「…………フン」 釈然としない不満げな返事だったが、ルイズはそれ以上に念を押すつもりはなかった。 DIOはプライドが高くて自己中だが、決して愚かではない。 きっと自分の意志を酌んでくれると、ルイズは分かっていた。 ――何故なら、DIOと自分は似ているから。 だから、分かる。 ルイズは頭ではなく、心で理解していた。 (私にも、力があれば……) そうこうしているうちに、ワルドの風魔法が、シエスタを横殴りに吹き飛ばした。 エアハンマーの魔法。ワルドの本領発揮だ。 「あちゃあ、あれは痛いわ。 …………ま、いい気味ね。せいぜいのたうち回るといいのよ」 地に伏せるシエスタを遠くに見て、ルイズはサディスティックな笑みを浮かべた。 普段からルイズは、シエスタを好ましく思っていなかった。 それに、この任務の出発の折り、シエスタはルイズに『主人としてふさわしくない』と言ってもいる。 お互いウマが合わないのだ。 だから、シエスタがワルドにやられようがどうでもいい。 どうせならこの際だ、滅茶苦茶にやられてしまったほうが気分も良くなるというものだ。 (やれ、ワルド。そこだ。いけ。一息にやってしまえ。 引導を渡してやるのよ!) ルイズのリクエストに応えるかのように、ワルドは杖を操り、シエスタを追い詰めていった。 三次元的に攻撃され、流石のシエスタも避けるだけで精一杯らしい。 DIOに聞こえるように、ワザと大きな声で、ルイズはシエスタを嘲った。 「ハン! いくら化け物でも、所詮はメイドだったってことね。 防戦一方じゃない」 「いや、あれでいいのだ」 「へ? 何で?」 ルイズがきょとんとした顔を向けたが、DIOはそれに答えないまま、中庭の隅の方に視線を巡らせた。 暫くの間の後、DIOの視線はある一点で固定される。 DIOの笑みが更に深まったのを、ルイズは見た。 「席を外させてもらう。ほんの少しの間だけな」 「は? ち、ちょっと待ちなさ…… ……もう、勝手なんだから!」 言い終わるか終わらないかのタイミングで、DIOはパンパンと二度両手を打った。 ルイズにとっては、もうそろそろ馴染み深いものとなりつつある合図である。 果たして、目の前にいたはずのDIOの姿が忽然と消えた。 そのこと自体はあまり問題では無かったのだが。 「……う、ぐ…なに、こ、れ?」 不意に、違和感。 今存在している空間から他のどこかへ、一瞬投げ込まれたような。 モノクロの世界を見た気がした。 自分の立ち位置が酷く覚束なくなってしまった不安感に吐き気を催しながら、 ルイズは慌てて顔を上げた。 その先では、シエスタとワルドが、杖と拳を凄まじい速度で繰り出していた。 ついさっきと全く変わらない光景であるのだが、ルイズは首をかしげた。 あの気持ち悪さを感じた時、一瞬…………本当に一瞬だったが…… 二人の動きがピタリと停止したように見えたからだった。 まるで時でも止まったかのように。 自分でも要領を得ない感覚に、ルイズはDIOの行方を考える余裕を失ってしまった。 (…………気のせい、じゃない) まさかシエスタとワルドが、二人して自分をからかうなどという事をするはずがない。 しかし奇妙なことに、ルイズは先ほどの感覚が気のせいであると決め付けることが、どうしても出来なかった。 ルイズは首を傾げ、自分の掌を何度も何度も、握ったり開いたりしていた。 (どこかで知ってるような気がする……) そう、確かフーケ戦だ。 ―――――――――――――― 中庭でシエスタとワルドによる、しっちゃかめっちゃかな攻防が繰り広げられる中、 その戦いを、中庭から少し離れた柱の陰で静かに見つめる者の姿があった。 赤縁の無骨なメガネが、昇りきったばかりの朝日の光を跳ね返す。 その下には、冷たく感情を読み取れない暗い目、そしてその下に出来ている隈が、彼女の纏う暗鬱な雰囲気を増大させている。 名をタバサと言った。 彼女は昨晩ベッドに飛び込んでから、戦々恐々としたまま眠れぬ一夜を過ごしたのだった。 幸か不幸かタバサはそのお陰で、早朝中庭に向かう幾つかの人影を目撃する事が出来た。 最初は無視しようと思ったが、一行の中にDIOとシエスタの姿を認めるや否や、 タバサはまるで蜜に誘われる蝶のように、ふらふらと後を尾けて行ったのだった。 疲弊しきった見た目とは裏腹に、彼女の神経はアイスピックよりも尖っていた。 そしてその視線が捉えているのは、シエスタの一挙手一投足である。 「…………やっぱり」 魔法衛士隊隊長であり、そしてスクウェアクラスでもあるらしいワルドに対し、 身体能力的に大きな差を見せるシエスタの姿を見て、タバサ思わずそう呟いた。 あのメイドが、技術的にワルドに勝てないことは、タバサは何となく察知していた。 技術とは、年月を掛けた鍛錬を積んで初めて修得しうるものである。 ほんの少し前まで唯の少女だったシエスタに、それが備わっているのはおかしい。 タバサが注目していたのは、別の点である。 先程の独り言は、その点を改めて確認したことから生じた物であった。 この事実を、今日の内にあの男に問いただす必要が…… 「何が『やっぱり』なのかな、お嬢さん?」 あるはずの無い返事が背後から確かに投げかけられ、男の手が両肩にしっかりと置かれる。 タバサの全身が硬直した。 to be continued……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/118.html
「………………」 知らない天井だ…。 いや、もちろん知ってる。 トリステイン学院の医務室の天井だ。 室内には誰もいない。 窓カーテンの隙間から、淡い月光が射し込んでいた。 自分に降りかかる光が心地よく、ルイズは左手でシャッとカーテンを開けた。 左手………? ルイズはふと違和感を感じ、自分の体を見た。 何ともなかった。 傷が綺麗サッパリ消えていた。 (………ウソ) 2日や3日で治るケガではなかったはずだ。 本当に嘘みたいだった。自分がさっきまで繰り広げていた大召喚劇は夢だったのだろうか。 ---夢……!? ルイズは我が身をバッと抱いた。 そんなはずはない。 あの時感じた痛みは本物だ。 夢であるはずがない。 自分は間違いなく、あのチンチクリンな触手に串刺しにされたのだ。 チクショウ。 サモン・サーヴァントを行ったのがケチのつき始めだ。 ルイズは自分の運のなさにホトホト呆れ果てていた。 あの使い魔のせいで散々だ。 あの使い魔のせいで…………………………………………使い魔!!! ルイズはベッドから跳ね起きた。 全くなんて事。 ケガに夢に使い魔に……今日の自分は大切なことを忘れっぱなしだ。 こうしてはいられないと、ルイズは医務室から飛び出した。 急いで自分の部屋に向かう。 やけに体が軽かった。 全速力で走っているのに、息一つ切れない。 呼吸をする必要すら感じられない気持ちだった。ルイズは自分が生まれ変わったようなすがすがしい気分に包まれていた。どれもこれもあの使い魔のせいだと決めつけながら、ルイズは自室に到着した。 部屋のドアの前でキュルケが、信じられないという顔でルイズを見た。 スゴい、トリステイン最速記録ではないだろうか---バカなことを考えながらルイズはキュルケに聞いた。 「私の使い魔、どこ?」 「え……?ルイズ…?ウソ、だってアンタ…ケガはどうしたのよ!?」 キュルケは面食らった様子で、なかなか会話がつながらない。 ルイズは地面をダンッと踏んで、さっきよりも勢いを付けて聞いた。 「~~ッッそんなことどうだっていいから!私の使い魔、中にいるの!?」 ルイズの剣幕にキュルケは目を白黒させながら答えた。 「え、えぇ、中で寝てるわよ。私とタバサで見張りしてたけど、ここ2日間はビクとも動いてないわ。ちょっと拍子抜けだけど。ちょうど今タバサと交代しようと思ってたんだけど……」 「わかったわ!ありがと!!」 それだけ聞いて、ルイズはドアに手をかけた。 置き去りにされたキュルケは、どういうことよとボヤきつつ、タバサの部屋に歩いていった。 一息でドアを開けたルイズ。 明かりはカーテンから入る月光だけだ。 真っ先に自分のベッドへ視線を向けた。 なにせ契約だけであれだけ手を焼いた使い魔だ。御尊顔の一つでも拝んでやらねば気が済まない。---が、そこには影も形もなかった。 まったく予想外のことに一瞬思考が停止したが、チラと脇に目をやると・隅の壁に、人影がもたれかかっているのがボンヤリ見えた。 上半身こそ裸だったものの、腕を組んでいる様子は夢のソレそのまんまだった。 顔はよく分からない。 ルイズの背中に冷や汗が流れた。 (ウ、ウソツキぃ……!し、しっかり起きてるじゃないの~~!) キュルケを責めてももう遅い。 それに、今のあいつは私の使い魔なんだから、害はないに違いない…………と思いたい。 ルイズは建設的な考えのもと、ルイズは自分の使い魔に話しかけようとした。 「ち、ちょっと、アンタ!そんな所にいないで、ご主人様の前に来なさいよ!」 少し噛んでしまった、情けない--ルイズは思った。 男は何も言わずに腕組みを解いて、優雅な足取りでこちらに向かってきた。 徐々ににその容姿が明らかになる。 あらためて見ると、やはりデカい。 190サントはあろうその身長、自分と並べてみたら大人と子供の差だ。 そのうえ、男が発する威圧感のせいで、ルイズは実際の身長差以上の圧迫感を感じていた。 その顔は、召喚前のスイカ状態とは些か異なる印象を受けた。 真っ赤に光る目が、穏やかで理性的な光を放っている。 男は、自分の2歩手前でピタリと歩みを止めた。 「よ、よろしい。で、アンタの名前は…」 「君…」 そのままの勢いで続けようとしたルイズの言葉はしかし、男によって遮られた。 自分と相手の立場を考えれば、自分のほうが優先のはずなのだが、ルイズは男の声に、逆らえない何かを感じ、言葉に詰まった。 「君が……私を、助けて…くれたんだね?」 アンタにしこたま吸われたからよ、とルイズは思った。 そんな内心とは裏腹に、若干頬を上気させながら答えた。 「え、えぇ、そうよ。私はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あなたのご主人様なんだから。」 ---で、アンタは私の使い魔。と、ピシャリと言う。 男はふむ、と考え込んだようにみえた。 「…………使い魔、といったね。君の言ってることがよく……分からないが、とにかく、私は今どういう状況にあるんだね…?」 使い魔と言われても、少しの不快感も感じさせない男の口調に、ルイズはホッとした。 ふざけるなと言われて、問答無用で襲いかかられたら、万に一つも勝ち目はないのは分かっていた。 それに、どうやらアイツは自分に恩を感じているらしかった。 そして、答えた。 ここがハルケギニアはトリステイン大陸の、トリステイン魔法学院であるということ、自分はその生徒であり、二年生で、春になったらサモン・サーヴァントで各々の使い魔を召喚することになっていたこと。 その召喚で自分が男を召喚したこと。 送り帰すのは不可能であること。 いっきにまくしたてた。 「トリステイン……ハルケギニア…メイジ……」 と、ルイズの言葉を繰り返す男。 ひととおりまとまりがついたのか男は逆に聞いてきた。 「私は今………蘇生したばかりで、弱っている。常人のソレと…ほぼ力はかわらないだろうよ。傷が『馴染む』までには…長い時間を必要とする。だからそれまでの間、いいだろう、君の使い魔とやらになって…やるよ」 ルイズは心のなかでガッツポーズをとった。 「君の執事になる……と、考えればいいのかな?」 男の問いに、ルイズは得意げに指を立てて答えた。 「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「ふむ…」 「でも、無理みたいね。わたし、何も見えないし」 「……」 「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば、魔法に使う硫黄とか、コケとか…」 「……今の私では、難しいな。」 「そして、これが1番なんだけど、使い魔は主人をその能力で敵から守るのよ」 「ふむふむ……」 「でも、専らは、そうね、あなたの考えで間違いはないわ。洗濯、掃除、その他雑用」 「………」 「ところで、アンタの名前、なんて言うの?」 「……………DIO、だ」 「ふ~~ん。ディオっていうのね」 男はチッチッチッと舌を鳴らしながら指を振った。 「それは少し意味が違う。我が『マスター』。ディー・アイ・オーで、DIOだ」 なにやらこだわりがあるらしい。 どう違うのよ、とルイズは思ったが、彼がDIOと名乗るからにはDIOなのだろうと、ルイズは思った。 「さてと、しゃべったら、眠くなっちやったわ」 ルイズはあくびをした。いろいろあって、まだ疲れていた。 そうしてブラウスのボタンを外そうとした。 ---が 「……………」 「……………」 視線が絡む。 男は変わらずこちらに視線を向けたままだ。 視姦されているような気分になり、ルイズはボタンから手を離し、真っ赤になって言った。 「き、着替えるんだから 、あっち向いててくれないかしら?」 男は無言で背を向け、イスに座った。 「ちょっと、なにご主人様のイスに座ってるのよ!?あんたは寝るなら床よ、床!」 「…………」 男はルイズを華麗に無視した。 無視されたルイズは、着替えるのも忘れてDIOにつめかけた。 「ご主人様の言うことが、聞けないの?」 「……………」 またもや無視されて、ルイズは堪忍袋の緒が切れた。 「~~~ッッ言うことを、聞きなさぁぁあああい!」 次の瞬間、ルイズの魔力が根こそぎ奪われ、DIOに流れていった。 「……ふぇ………きゅう~」 なすすべ無く、ルイズはポテンと床に倒れた。 一方で、DIOの左手の甲がまばゆいばかりの光を放った。 『KUAAAAAAAA!!』 左手に焼けるような激痛を感じ、突如苦しみだしたDIOは、同じく意識を失って床に崩れ落ちた。 ----結局この日、ルイズは自分の使い魔と仲良く床で一夜を過ごすこととなった。 to be continued…… 16へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/169.html
学院長室への階段。 ミスタ・コルベールは、左足を若干引きずりながら一歩一歩上っていた。 時々左足に痛みが走る度、彼は三日前にその傷をつけた、ミス・ヴァリエールの使い魔を思い出す。 初めはただの死体だと思っていたソレが動き出し、あまつさえ自分に牙をむいた様を。 それをいなせなかった事実は、単純にコルベールに驚きを与えていた。 (私も、ヤワになったというわけですかな……) が、同時に彼は、その使い魔に対して非常に強い興味を抱いていた。 首だけでも活動し、メイジにケガすら負わせる異形に。 コルベールは好奇心の強い人間だった。 襲われたことに怒りを覚える前に、興味を感じてしまっている自分を皮肉りながら、コルベールは学院長室の扉を開けた。 「失礼いたします、学院長」 コルベールが学院長と呼ぶ人物、オールド・オスマンは、窓際に立ち、腕を後ろに組んで、重々しく彼を迎え入れた。 側には彼の秘書であるミス・ロングビルが黙々と書類仕事をこなしていた。 コルベールは無言で彼女に挨拶した。 彼女もまた無言でそれに応じた。 「ケガは治ったようじゃな、ミスタ・コルベール」 「……まだ少し痛みは残りますが、概ねは」 「君の治療に使った秘薬の代金は、バカにならんかったぞ…?」 「…………………」 「一応は、勤務中の事故じゃからな。学院の経費で決算じゃ。 しかしのう、額が額じゃ。王室の連中からまたケチを付けられるわ」 「………申し訳ありません」 コルベールは居心地悪そうに頭を下げた。 オールド・オスマンはフンッと鼻息を荒げた。 「謝る時間があれば、たるんだ貴族共から学費を徴収する上手い方法を考えるんじゃな。 誰だって我が身は可愛い……そうじゃろう?」 オールド・オスマンの鋭い視線が、コルベールを射抜いた。 コルベールは再び頭を下げた。 冷や汗が彼の頬をつうっと垂れた。 「で、一体何のようじゃ? ケガの回復の報告だけをしに来たのではあるまい」 そんなものは書類で済む話じゃからのう、というオールド・オスマンに、コルベールは重々しく言った。 「…ヴェストリの広場で、決闘を始めようとしている生徒がいるようです。 大騒ぎになっています。」 オールド・オスマンは苦々しげにため息をついた。 「全く、隙を持て余した貴族ほど、たちの悪い生き物はおらんわい。 で、誰が騒いでおる?」 「1人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「あのグラモン家のこせがれか。 オヤジ同様、大方女の取り合いじゃろう。 相手は誰じゃ?」 コルベールは一瞬躊躇したが、オールド・オスマンの促しに耐えきれずに話した。 「……どうやら、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」 オールド・オスマンの片眉がピクと持ち上がった。 「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めていますが…」 オスマンの目が、再び鷹のように光った。 コルベールはうっとうろたえた。 「アホか。小競り合いの延長のような決闘如きに、秘宝を使ってどうする。 しかし………ふむ、そうじゃな…ウチの大切な教員にケガをさせたそのミス・ヴァリエールの使い魔か…。興味深いのう」 いちいち話をほじくり返すオスマンに対して、コルベールは針のむしろに居るような心地だった。 そして、オスマンはその杖を振った。 壁に掛かった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。 ――――――――――――――――――――――― ヴェストリ広場は魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭である。 西側にあるその広場は、昼間は日があまり差さない。 決闘にはうってつけの場所だった。 そのヴェストリ広場は、ギーシュの取り巻きが広めた噂を聞きつけた生徒で、溢れかえっていた。その中には、キュルケとタバサの姿も伺えた。 噂を聞きつけて駆けつけてきたのだろう。 他の観衆と違って、二人はいつでも魔法を使えるように緊張していた。 が、キュルケは時々チラチラとルイズ顔色をうかがっていた。 何かに怯えているようだった。 その観衆の輪の中、DIOは静かに皆の視線を受けていた。 後ろには、ルイズとシエスタがいた。 ルイズは腕を組んで、己の使い魔を見守……いや、睨みつけている。 「諸君! 決闘だ!」 ギーシュが薔薇の造花を掲げた。 歓声が巻きおこる。 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はあの『ゼロ』の使い魔の平民だ!」 ルイズの頬が一瞬ピクリと痙攣した。 が、すぐに何事もなかったように無表情に戻る。 ギーシュは一通り歓声に応えたあと、もったいぶった仕草でDIOの方を向いた。 「とりあえず、逃げずに来たことは誉めてやるよ、平民」 ギーシュは薔薇をいじくりながら歌うように言った。 DIOは無視した。 「では、始めようか!」 そう言うと同時に、ギーシュは薔薇を振るった。 花びらが一枚宙に舞い、甲冑を着た女戦士の形をした、人形になった。 硬い金属製のようだ。 甲冑が陽光を照り返し、きらめいた。 DIOはその様子を見やると、興味深そうにほぅといった。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。 文句はあるまいね? 僕の二つ名は『青銅』。従って青銅のゴーレム、『ワルキューレ』がお相手するよ」 ギーシュが大仰に礼をした次の瞬間、ワルキューレがDIOに向かって突進した。 一瞬で間合いに入ったワルキューレが、その右の拳をDIOに振りかざした。 が、瞬間、あたりに銅鑼を思い切り叩いたような、 "ゴワァァアン"という音が響いた。 ワルキューレが地面に水平に吹っ飛び、ギーシュの前に転がった。 みると、ワルキューレの腹部は、ハンマーで殴られたようにボッコリとへこんでいた。 ギーシュは、うっと呻いた。 DIOを睨む。 DIOは腕を組んだまま、静かに佇んでいる。 しかし、ギーシュの目は、DIOの前に、うすぼんやりとした何かが浮いているのが見えた。 DIOはチッと舌打ちして、ソレを見ている。 「平民…! 今何をした!? 何だソレは!?」 DIOは再びほぅと言った。 「見えるのか、小僧。我が『ザ・ワールド』が」 ルイズは、先ほどの光景を間近で見ていた。 ギーシュのワルキューレが、DIOにその金属の拳を振りかざした瞬間、DIOの体から出てきたソレが、ワルキューレを殴り飛ばしたのだ。 ソレは、DIOの周囲をフワフワと漂っていた。 人間の上半身のようにもみえるソレは、ヒドく像がぼやけていた。 ムラサキともピンクともつかない色を放っていて、まるで幽霊のようなソレには、左腕がなかった。 (あれが、DIOの言っていた、『すたんど』…ってやつかしら?) ルイズはそう推測した。 恐らくはあれが、DIOの能力なのだろう。 青銅をへこませた所をみると、かなり腕力がありそうだ。 『ざわーるど』……変な名前だ、あいつの靴のデザインには負けるけど、とルイズは思った。 だけど、あれだけなのだろうか……? あれでは、殴る拳が一つ増えただけに等しい。 それだけで倒せるほど、ギーシュは……メイジは甘くない。 何か、別の力でもあるのだろうか、あの幽霊には。 何にしても、これからが見ものだ、とこぼしつつルイズはギーシュの方を見た。 一方のギーシュは、苦々しげにDIOに吐き捨てた。 「…ふん!何だか知らないが、やってくれたじゃないか。 『ゼロ』の使い魔の癖に…!」 ルイズの頬が、今度はピクピクと二度痙攣したが、ルイズは表面上は穏やかだった。 ―――表面上は。 そんなルイズの内心を知らぬまま、ギーシュは再び薔薇を振った。 六枚の花びらが舞い、さっきと同じように六体のワルキューレが現れた。 先ほどとは違い、剣や槍や斧など、様々な武器を持っている。 それと同じく、ギーシュの足元に転がるワルキューレの腹の窪みがすうっと元に戻った。 「平民のクセに、生意気におかしな力を使うようだな。 …いいだろう、ならば、この『青銅』のギーシュ、全力でお相手いたそう!」 ギーシュが薔薇の造花を振ると、一体をギーシュの側に残して、都合六体のワルキューレが、DIOに向かって再び突進した。 それを迎えて、DIOは初めて、組んでいた腕を解いた。 to be continued…… 23へ